北の御番所反骨目録〈一〉 春の雪 芝村凉也
意休殺し 用部屋手附同心・裄沢広二郎のところに来て、定町廻り同心・来合轟次郎が附に落ちていない事件の話をする。岡場所で金貸し・三哲が殺され指名された遊女・白糸が捕まり白状した。が、時間が合わない、返り血がない等、合点がいかないらしい。裄沢は、誰かを庇っているなら間夫・呉服屋の手代 のような堅気の者、誰もいなかったようでも、いつでもいても誰も気にも止めないような者が居たかもしれないと言う。合点が行くまで調べることだ。
白糸には呉服屋の手代をしている、幼馴染の愛しい人がいた。調べられることを拒むために白状していた。犯人は、金貸しに売られた遊女になる前の見習いの小娘だった。いつでも使い走りをしていた。いても気に留めない娘だった。
来合は娘のために三哲がどれだけ悪どい金貸しか調べている。
用部屋の外で吟味方与力・甲斐原之里が聞いていた。後礼を言われる。
深夜行 裄沢が宿直番の夜、隣の商家に泥棒が入ったようだと知らせが来る。裄沢は見習い同心を連れて商家に行く。主人は突然やって来た者はもう帰ったと話す。家族が代わる代わる出て来て話す。主人と子供が店に出て来た時、裄沢は突然、居間に押し入る。女房が人質になっていた。裄沢が犯人を突き飛ばすが、女房は逃げられない。裄沢が庇い、匕首でやられそうになった時、来合が飛び込んできて犯人を捕まえた。
見習い同心は裄沢の行動を非難するが、来合は女房は懐妊しており長引かせたくなかったのだろうと言った。
やさぐれ鉄斎 十年前、北町奉行が柳生主膳守久通になり、松平定信の理想を実現すべく性急にまた強引に事を推し進めようとした。裄沢は二十をいくつか超えたばかりの若い頃、本所方同心の本勤になったばかりだった。本所方与力・森川は奉行の言う通りにして本所方の仕事が成り立つと思うかと反論した。毎日の積み重ねで結果が出る仕事を別のことで手を取られおなざりになったことで重大事が起こった時、誰が責任を取るのか等反論した。裄沢は年番方に意見書を出した。本所方に仕事を押し付けられることはなかったが、裄沢は高積見廻りに役を転じられた。
高積見廻りでも仕事を増やされる。与力の寺本に人数の少ない同心に仕事を増やすなら与力も見回れば良いと言う。与力には与力の仕事があると言う寺本に、他の与力に付きまとって酒宴に誘ったり粗を探し告げ口したりが与力の仕事かと問い質す。翌年度の身分の保障はしないと言われたが、年の暮れまでに奉行が代わり、寺本は隠居した。
人受けが良くない裄沢を結婚式に呼ぶと言っていた来合の祝言だったが、突然破断になった。日にちまで決まっていた祝言の相手・与力の娘の大奥入りが決まった。尼寺に行くような顔で籠に乗った。寺本の奉行へ美人だと喋った話から出たことだった。何も言わない二人のために、裄沢は与力宅の前で喚く。二人のためになったかは解らない。来合は独り身だ。
裄沢は、やさぐれ鉄斎(元服の時につけられた名前)といわれいろんな役を転じている。
少し大人しくなったと噂されている。
春の雪 宿直番の事件後、裄沢は、内与力から奉行・小田切土佐守直年の意向だと言われ、内密の命を受ける。
根付けを大身が擦られた。掏摸が捕まり曰く付きの根付けの付いた鮫皮の煙草入れがあった。それが奉行所内ですり替えられた。取り戻して欲しいという命だった。誰にも知られずに探さなくてはならない。何も思いつかないまま期限が迫る。番所の手先が古道具屋に入るのを見た。何か引っかかりがあった。そこで鮫川の煙草入れを見つけた。奉行はすり替えた三吉のことも知ったが三吉が手にした五両をそのまま与えた。三吉は手先を辞めた。何も無かった事になった。
裄沢は父が役目中の事故で急死し、突然出仕することになった。十五にもならぬ早めの元服を済ませ、烏帽子親の亡父の友人が嫁を決めた。二つ年上の尋緒だった。裄沢は出仕し始めた頃は仕事を覚えるだけで必死だった。利発であったために裄沢に任せられる仕事の量が増えた。心のゆとりがなく精一杯の毎日を送っていた。十六才で父親になった。娘は亜衣。母親と妻との仲は悪く、裄沢は家に帰っても食って寝るだけの日々を過ごした。突然妻が駆け落ちした。六郷で小舟が転覆し亜衣と男の屍体は見つかった。親戚の家に行く途中の事故ということになった。娘は男の子だった。間も無く母も亡くなった。裄沢は変わった。過剰に押し付けられる仕事を断るようになった。やさぐれと呼ばれるようになった。いつ仕事を辞めさせられるか分からないから奉公人を辞めさせた。尋緒に付いてきた茂助だけが残った。甥だという重次を連れてきた。根付け事件が解決後、菩提寺の裄沢家の墓の前で菰を纏った女が死んでいた。行き倒れの女を無縁仏として供養した。茂助と共に法要に立ち会った。
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