さむらい 〈武士〉時代小説傑作選 細谷正充
花散らせる風に あさのあつこ
小舞藩筆頭家老・葉村吉左衛門。葉村家の妾腹の子が兄二人の死によって跡継ぎとなって三十年、筆頭家老になっていた。三十年前、別れた瑠衣が、餓死で亡くなる前に半田村を忘れないでと言った。執政会議で半田村の開墾計画を出した。若い、山中織部に論破され、開墾の意欲が薄れ、隠居を考え始めたにも関わらず、織部が殺され、刺客が葉村だと言って亡くなったため、織部の死が葉村によるものだと思われた。葉村は小舞の双璧と言われた昔の道場仲間・兵庫之助を訪ねる。これだけの策を考えるのはおぬししかいない。山中を殺すことはなかった。怜悧、温厚で広く世を知り、見識も高い。執政として逸材だった。小舞にとって大きな損失だと言いながら兵庫の腹を刺した。
ふところ 中島要
国木田家に嫁いで十一年。栄津は姑・千代を送った。舅は遊び人、夫は無口。千代から叱責ばかりで心は休まる暇などなかった。判らないことは全て千代から教わった。千代の教えが間違っていたことはなかった。胃の腑に腫れ物ができて亡くなった。旅館の女将・父親が栄津の下男だった・りんが来る。りんは、泣き言を言った自分の親と比べ、千代は立派だと言った。
栄津の実家の隣から養子に出た次男・又二郎が、兄の嫁・蕗と母親・和江の仲の取り持ちを頼みに来る。和江が家を出て又二郎を頼って来た。又二郎は浅田となり嫁をもらっているので水嶋家とは関係がないと言う。栄津は国木田家の者で水嶋家とは他人だと帰す。が、和江が来た。散々蕗の実家・商家からお金を借りながら、町人上がりだと見下した言い方し、蕗の悪口を言う。栄津は、千代が嫁を国木田の者として、家を任せるべく育ててくれたことを感じた。千代は、他人に栄津の悪口を言わなかったことも感じた。和江に、蕗に頭を下げて帰り、病で寝込んだ時のことを考え仲良くすることを考えようと忠告する。
舅は、孫・千之助を連れて毎日出かける。千代がいない家に一日居れない。外に出ても一人では居れない。札差がお金を貸してくれたのも、千代の信用だった。千代に何かあっても千代が仕込んだしっかり者の嫁がいると思い貸してくれたと言う。
千代は嫁に来た時から栄津を認め、己のふところに入れてくれたことを感じた。
小普請組 梶よう子
野依駿平17才は、瀬戸物屋の五男だったが、百五十俵の御家人に養子に入った。将来妻になるであろう、もよ10才がいた。孫右衛門は身体が弱く、一年で家督を継ぐことになった。駿平は、書も算術も得意だが、武芸はできない。武家のしきたりを学び、義母・吉江から武術を習う。毎日の木刀での素振りと、吉江への打ち込み百本を課せられた。
小普請支配との初相対に行き、御番入指南をする黒田半兵衛に会う。半兵衛の関わりで見聞きした駿平は、何一つ自分で力を尽くして来なかったことを恥、懸命になることは格好悪くない頑張ってみるかと思った。実家からの月、二分の小遣いを断り男子として「立身いたしたく候」と文を書いた。
最後の団子 佐藤雫
四千石大身旗本の娘・綾12才。父・水野菖三郎は、書院番頭。父のすらりとした背丈や、涼やかな目鼻立ち颯爽とした騎馬姿が格好いいと思う。一千石の旗本渡辺家から婿入りした。
甘いものを好きな父が、団子を食べない。どうして食べないのかと聞いたところ、渡辺家から仕えている茂七・今は綾の守役が、殿様は、最後の団子を食べてしまったのだと言った。綾は茂七から聞き出す。
菖三郎十八才の時、父は奈良奉行、長男は書院番士、次男が書物奉行の家に養子に行った時、古文、漢文が好きな菖三郎は羨ましかった。三男の自分は一生冷や飯食いと思っていた。学問所からの帰り、団子屋のはつが、三人の武士に絡まれ無礼打ちと刀に手を掛けた時、菖三郎は、鞘尻を掴み鐺を持ち上げ、その場を納めた。客が消えた茶店の残りの団子を買って帰った。兄に何たる無駄遣いだと大目玉だった。それからはつと白薫が咲く場所に行く仲になった。鳥の囀りや風や葉音を感じながら隣にいる人を思う。
数日が経った頃、水野家の奥方が、見事な鐺返しにございました。と婿の要請に来た。相手は四才年上の蓉。菖三郎に良いも悪いもない。兄が二つ返事で受けた。次の日、はつに会い、団子を見ながら、もう来れなくなった。俺は生涯団子は食べぬ。とはつに言った。
余計なことを言いおってと言う父。父に意に添わぬ婿入りを受け入れるしかなかったのでしょう。恋しい人が心にいると言うことでしょうと言う綾。恋することと慈しむことは違うのだ。父は言う。慈しむということは、来年また三人で花見に行こうということだ。綾の目から涙がこぼれた。胸の奥があたたかくなる涙ははじめてだった。
落猿 朝井まかて
矢萩藩七万五千石、江戸留守居役・奥村理兵衛。留守居役になって二十年。留守居補佐役見習い野口直哉が、町人と揉め手傷を負わせ一人死亡となったことを見ていた者が三人、此度は無礼討ちにて構いなしと仕置でよろしいかと言ってきた。江戸町奉行・老中宛てと諸家への回状も滞りなくすます。
土地の借り地返還のこと、寺社奉行と殿とのやり取り。寺に返せば家臣の上げ知も返さねばならなくなる。できないことはできないのである。家臣に内緒で寺に返せという。そんなことはできない。五年後に返却することと約束し、借料は止めるという案と、借金返済後家臣にも寺にも返す、それまでは借料を支払うという案を出した。毎年、三百石を支給、借金返済後藩内と貴寺の知行地も返却ということで収まった。
無礼討ち事件の証人が、盗みをして捕まった。頼まれ無礼討ちの証人になったと告白した。奥村は調べて貰い、三人ではなく本当の見ていた者を見つけ出し、無礼討ちであったことが明らかになったが、証人を作り上げたことに関しては、このままでは収まらない。
野口は偽証人を仕立てた罪で切腹。野口の家は嘆願して残す。全てを済ませて奥村も腹を切る。もう一つ、牢内の者らが何を言おうが知らぬ存ぜぬで押し通す。藩の名を穢さず家も従来通り、保身のために生きるは武士とは言えぬ。落ち度も何もかも闇に埋めて生きる。
私はお前が選んだ方に付き合う。