海の見える理髪店 荻原浩
海の見える理髪店
海辺の小さな町に店を移し、十五年になる理髪店に僕は予約して行った。お任せという僕に店主は職業を尋ねる。本や、雑誌のデザインをしている。前髪を掴み、頭をなで回し髪形を決めた。彼は鋏を使いながら生まれた時からの来し方を語る。映画俳優が、常連さんになった。二度目の結婚をした。子どもが出来た。弟子を引き抜いて独立するという従業員を殴り殺人者になった。無理に離婚したと話す店主。最後に僕の頭の古傷が、ブランコから落ちた時のものだという話しをする。お母様はご健在ですかと聞く店主。ええ。僕は来週、結婚式があると話した。
いつか来た道
今会わないと後悔すると弟・充に言われ実家に十六年ぶりに帰った。何しに来たのという母。母親は中学の美術教師を辞め、画家になった。弟が産まれた翌年に絵画教室を始めた。姉が亡くなり期待は私に集まった。美大を落ちて普通のOLになった。二十六才で家を出た。三年後父が亡くなる。学校はどうしたの。課題は?と聞く母。「吉田さん、絵が出来た」色とりどりの模様。これは私の娘、子どもだったのに亡くなった娘。青は充。黄色は、杏子。下の子。美大に通ってる。画家になるの。背景の緑はパパ。いつもみんなの後ろにいるの。また来るからと言った。
遠くからから来た手紙
今日も残業夕飯いらないという夫に、遙香を連れて実家に帰りますと連絡して実家・静岡に帰った。義母は温泉旅行。二駅離れたところに住んでいる。
元の私の部屋は、三か月前から弟夫婦が使っている。六年前に亡くなった祖母の部屋・仏壇がある和室に入る。すぐに来るかと思っていた夫・孝之は土曜日まで来れないという。
孝之とは中学時の付き合いで初恋の相手だった。卒業を待たず、転校した孝之と短い間の手紙の付き合いだった。四年前の再開で、お互い独身が分り、遠距離恋愛が始まり成就した。中学時の手紙を、自分の机の引き出しから回収する。
昔の手紙を読む。変わった謎のアドレスから手紙調の文が届く。梨畑の手伝いをする。毎晩届く手紙調の文面は、祖父の戦地から祖母への手紙だった。謎のアドレスに、ありがとう私はもう平気と送る。どこに行くのだろう。土曜の朝、孝之に連絡せず、東京に帰る。孝之からの手紙は一通を残してごみ捨て場所に捨てる。君が好きです。僕とつきあってください
空は今日もスカイ
茜は小学三年生。二か月前に街から今のところに引っ越した。自分で英語の勉強をしている。今日は海に行く。神社で森島陽太に会う。二人で海を目指す。雨が降ってきた。お地蔵さんで雨宿りしているとおばあさんが、子供用の黄色い笠を貸してくれる。海岸に着いた。ブルーシートを家にしている男性・ビッグマンに声を掛けられ泊まる。朝、ビッグマンが警官に捕まる。茜は、その人は悪くない。何もしていない。森島の背中は痣だらけだった。ふくしの電話番号を手のひらに書いて貰った。
時のない時計
兄夫婦と二世帯住宅の一階に一人きりになった母から、四十九日が終わって手渡された父親の形見分けの故障した腕時計。商店街の外れの古めかしい時計屋に行く。修理の間、彼の家族の歴史を聞く、そして自分の過去を振り返る。一万八千円。失業中の自分には痛い出費だった。時計の針を巻き戻したいと思うことあなたにもあるでしょう。と言う時計屋。辞表を叩きつけた自分を考え、いえありませんと答える。その時計偽物ですよという店主に、父親に高級品は似合わないと思う私は、そうですかと嬉しそうに言った。
成人式
夫婦は、十五才の一人娘を交通事故で亡くした。生きていれば来年成人式だ。振り袖の案内が来るようになった。テレビを見なくなった。二人は、これでは駄目になると考え、成人式に出席することにした。髪を黒く染めストレートにする。レンタルの振り袖を選ぶ。手の甲にハンドクリームを塗り、手袋を嵌める。父親は真っ赤な羽織を着こなすために五キロ減量し五センチウエストを細くする。金髪に染める。当日、振り袖姿の妻と羽織姿の夫は、電車で会場に向かう。文化センターの前で、驚くか呆れるか笑うか。容赦のない囁きが飛んでくる。招待状が無いから入場許可が出ない。鈴音の中学校時代の友人・郁美に会う。郁美が友達を集め、招待状を出し、十三人、三人は忘れたと十枚の招待状を受付に出す。
市長の挨拶を聞き、教育長の話を聞く。終わった後、郁美ちゃんが、鈴音の原寸大の写真を出した。みんなで写真を撮る。父はカメラで美絵子と鈴音だけの写真を撮ってからロングにする。
0 件のコメント:
コメントを投稿