産医お信なぞとき帖〈二〉 子宝いぬ 和田はつ子
護符 充信堂の信の元に、紙問屋平島屋から損料屋・逢坂屋に嫁いで三年目になる千鶴が、不妊の悩みで訪れた。悩んでいるのは千鶴本人で、義母も夫・左之助も離縁はする気もなく、平島屋から金を引き出す事しか考えていないように思える。千鶴を心の病を抱える女を世話する尼寺に入れたがっていた。元々千鶴の医者は山口高志郎だった。
山口が、五千石の旗本の奥様・美緒の診察を依頼に来た。信は、美緒と隠居・瑠衣と殿の子を宿した足軽の孫娘・さくらを看る。
瑠衣が心の蔵の発作で亡くなった。麝香丸を飲まずに亡くなっていた。美緒は自分が渡す薬を瑠衣が拒否したことで亡くなり、自分が見殺しにしたように思い、自死しようとした。
足軽・五兵衛が亡くなる。モモと言い残した。五兵衛を看た信は、さくらが、五兵衛を殺したという。産気付いたさくらは、子を産み、舌を噛み亡くなった。屋敷内の桃ノ木の根元を掘り、一年は経った骸をと守り袋を見つけた。さくらの手紙が見付かった。
さくらは瑠衣の双子の娘の一人だった。植木職人の子だったため二人は、寺と足軽の娘に預けられた。一年前、瑠衣が娘に会いたがり、ももを探した。話を聞いたももは、桃の木の元でさくらに会いさくらを殺した。そしてさくらに成り代った。代わったことを感じ始めた五兵衛を殺し、ももに会いたがる瑠衣を殺し、美緒が自死するように仕向けた。
美緒は、さくらが産んだ子どもを育て、殿は、美緒と子どもの良き夫、父として生きて行くことにした。
愛しの化け猫 充信堂は、北町与力・田巻高之進の役宅敷地内にある。火付け騒ぎ時に化け猫を見たという噂があると聞く。
版元・明開堂の内儀・志乃の初産に立ち合い、三か月後子どもを勾引かされ立ち直れず亡くなったことがあった。十八年経った。毎年、夫・慶三と、亡き妻に食べさせたかったという贅沢な食事をする。慶三は日本人には少ない二重の大きい目をしている。慶三が見た化け猫を描いていた。喜怒哀楽を猫の表情に表した物だった。興味があると言った。
三才の時、疱瘡に罹った飛脚屋の息子・俊吉を看た。先生のお陰でと今でも付き合いがある。俊吉は飛脚屋として走り、店の奥のこともしている。俊吉は疱瘡に罹り捨てられていたことを信は知らされた。
信の亡くなった夫・善周が難産故診療した奥絵師触頭・狩原昌栄の息子・恒香が病気だと屋敷に呼ばれた。恒香は、絵師の個性はいらないという狩原家で、酒を飲み、粉本の筆法だけを守り続けていいのかと戦っていた。母・寿美は、自分の昔の行いの所為で息子がこのようになってしまったと悔いていた。信は話を聞き出す。寿美は、はじめての子を、一度捨て、拾ってくるという家訓に添った。そして赤ちゃんを失った。失意のまま歩き、他所の赤ちゃんを連れてきた。恒香が生まれた。連れてきた赤ちゃんは目が二重で、我家の血筋で無いのは明らかだった。その子が疱瘡にかかった時、恒香に移ってはいけないとどこかにやられたてしまった。寿美は夜出て行く恒香を尾行したことがあると言った。
信は、夜、恒香を尾行した。恒香を尾行するもう一人がいた。恒香は、神社の賽銭箱に火を付けた。化け猫の面を付けた男が、筵で消し始めた。信を尾行していた田巻が、面をかぶった者を捕まえた。信は明開堂の慶三だと思ったが、飛脚屋の俊吉と名乗った。二重の
目をしていた。俊吉は付け火をする男を見た時、懐かしい思いがし、屋敷も懐かしかった。自分が描いた猫の面を被り付けるようになったと言った。俊吉は、付け火を消し止め世間を騒がせたことは不問になった。信は、俊吉の絵を預り慶三に見せた。
信は、俊吉に詫びようとする寿美に、前の事は、何も言わなくて良い、今から見守っていさえすればと伝えた。
罪多き 大奥の陽光院様を看た信。陽光院は、泉生寺参詣の折り、住職に無理やり犯され妊娠、中条流の施術時にテラヌスに罹り亡くなった。中条流の真鍋道安と、大奥取締役・松緒小路が殺され、泉生寺の住職も殺された。陽光院の義兄・京花屋華右衛門と実母・登代が、陰腹を切り果てていた。信に手紙が残された。
子宝いぬ 逢坂屋の幸と左之助と千鶴付きの女中が亡くなった。信が検視した。一人残った千鶴は犯人ともくされ牢・揚がり屋に入れられた。
子が授からない嫁が、子宝いぬに縋った。子どもが授かったが、祈祷所で犯され出来た子だと書き残し自死した者がいた。何人か似たような者がいたが、誰も公にしなかった。
信は田圃の中にぽつんとある質素な小さな宿・蓮の屋の女将・園を看ている。持病は貧血。今日は客を看て欲しいと言われて看てのは、上方からの客で大黒屋の隠居だった。薬も持っており、自分の病気を承知していた。
園の夫は、輿屋・極楽堂の湯潅師をしていた。極楽堂の主人・団吉が殺された。捕まったのは子宝いぬの犬神教の犬神姫・れんと組んでいる井村だった。葬儀も儲けになると考えていた。団吉は、井村の逢坂屋殺しの証拠を持っていた。二人は打首、獄門になった。
大黒屋が死んだ。大黒屋は、信に世話になった園に持っていた金を託した。元盗賊の頭領。妻をわかい者に連れ去られ探しにきていたようだ。信は破いて捨てた。
逢坂屋の二人は大阪に問い合わせたところ、本当の二人ではなく、逢坂屋親子は、江戸に来る途中で殺されていた。左之助が盗賊・鬼百合党の印の鍵を持っていた。ことから、二人は元盗賊と思われた。
千鶴は、牢から出、山口の家にいる。山口は平島屋に挨拶に行くつもり。
信の預った金で、紀八は団吉の墓を建て、極楽堂を供養堂と改め、紀八と棺桶作りの安五郎と共に新しい主になった。園が身籠もった。
信は、北町奉行・大山健四郎から骸医の要請を受けた。信は承諾した。