北の御番所反骨目録〈九〉 廓証文 芝村凉也
隠密探索ことはじめ 用部屋手付同心だった裄沢広二郎は、隠密廻り同心の御役を拝命した。先輩の鳴海に、江戸の町を知るために町中をうろつき廻るように言われる。浪人姿でうろつく広二郎は、小間物屋・千鳥屋の店番の娘・咲を脅し、店の奥に上がり込もうとしている大前屋を止めた。定町廻りの西田が、小間物の行商をしながら探索を手伝う千治郎を紹介してくれる。千鳥屋と大前屋のはなしを聞く。裄沢は、奉行所の小者頭の仁助に、風紀の良くない盛り場をうろついても目立たないが仕事の出来るものと注文を付けた。貫太に裄沢の指図で動いて貰う。
大前屋が千鳥屋に乗り込んだ時、裄沢も入る。大前屋が咲が、昼間から男といちゃついているとか、お貰い手がない咲を貰ってやるとか言う。裄沢は、咲が入った出会い茶屋は、幼なじみの実家で、一緒に入った相手がその幼馴染だと言う。大前屋が、連三に咲を宿場女郎に売るはなしをしていたこと、隣の空き屋・元出合茶屋を買っていること、千鳥屋の婿になって千鳥屋を潰して出会い茶屋を大きくする計画があることを話した。全てを明らかにすれば闕所になり江戸所払いになるだろう。まだ計画で罪を犯す前だから、千鳥や咲に手を出さない約束をすること。これから悪事に手を出さぬことを約束させ捕まえなかった。
貫太が何もかも完璧に調べてくれた。貫太も仁助も善三の事で、裄沢を知っていた。善三が裄沢に感謝していたことも。裄沢のためならしっかり調べる。
廓証文 隠密廻りは、南北交代で吉原の面番所で見張りをする。顔合わせで、裄沢は二十五両を貰った。鳴海はもっと渡したいが、余り多くすると裄沢が突っ返すと判断し押さえてその額だろうと言った。
裄沢は内与力になったばかりの鵜飼に仕事を教えるようにと言われていた。裄沢が隠密廻りになったことで鵜飼に何も教えられなくなった。水城に引き継いだが水城は知らん顔らしい。鵜飼が面番所にきた。
裄沢は非番に浪人姿で吉原の中を彷徨いた。江戸一丁目の半籬・梶木屋の狭衣と知り合った。狭衣は、来年二十八才で年季明けを迎えるとうれしそうに話した。
四か月が経った時、梶木屋に枕探しが入った。犯人に付いた遊女は、鈴音だったが、狭衣だったと言うことにされた。白州に呼び出される。狭衣も奉行所に行く。奉行所の吟味方与力・甲斐原は、楼主が吟味で嘘の証言をしていることに虚言を労すると言ってきた。違った者を相方として連れてきたのは何を企んでいるかと。狭衣に白州に掛かった金額を貸しにし、年季を延ばすために嘘の証言をしたという言質を取った。年季明けまで無理をいったりしないと約束させた。
梶木屋の楼主は怒っていた。こんなことをやったのは裄沢だと思っていた。吉原に帰ると、清掻が鳴らされ松葉屋の藍染、丁子屋の菊之衣、扇屋の緋揚羽三名の花魁道中が始まった。三人は面番所の方へ会釈した。客たちはあの三人に挨拶させる町方はどんな人かと話は続いた。楼主たちは、遊女を代表する娘たちが面番所に感謝を示す挨拶に出向いた。どういう意味か判るかと梶木屋に問うた。吉原の娘は、年季があけて外に出るのが夢なんですよ。
狭衣は吉原を出た。
御馬先召捕り一件 鵜飼が、小石川で、火付け盗賊改方が捕縛中を邪魔したと申し立てられた。裄沢が会いに行くと鵜飼は切腹寸前だった。裄沢は何も判明していないのに逃げるなと言った。
裄沢が小石川をうろつき、人に物を尋ねていると火盗改の同心が割って入り何も聞けない。
良く効く薬が有名な薬屋・開健堂の主・彦次郎が殺され金が奪われた。薬屋は元主が亡くなり番頭が店を継いでいた。近所の薬屋が潰れ、手代が開健堂に拾われ番頭をしていた。息子は店を離れ長屋で一人暮し、時々息子は金の無心にくると噂されていた。息子・貞吉が犯人だと捕まった。
火付け盗賊改方助役・奥野猛弘が、北町奉行所に来た。貞吉は捕まってから白状し殺したことを認めて口書きに爪印を捺した。捕縛中に鵜飼が邪魔をした。許されない。と奥野は言った。
裄沢は貞吉をこちらに引き渡してくれという。裄沢はまず、開健堂の主人は貞吉。金を盗んだことにならない。火盗改の仕事ではない。貞吉は、養生所で薬の研究をしていた。彦次郎が殺された時刻も養生所にいたと医者が言っている。番頭の兼五郎が犯人だった。
貞吉を責め問いで痛めつけ弱ったところを奥野の馬先に投げ出した。そして捕まえるつもりが、その場を見ていた鵜飼は、何か変だと思い、貞吉を助けようとしたのだった。
奥野はにげるようにして帰った。