紅雲町珈琲屋こよみ⑪ 雨だれの標本 吉永南央
高名な映画監督・沢口の新作の撮影候補地になった小倉屋。
小倉屋を訪れた監督は、草に、映画の事とは別に、十六年前、所属した映画専門学校に潜り込んでいた男が作った映像作品を見せ、これを作った男を探してほしいと頼まれる。
鈴木か田村か田丸か、出身は神戸とか、あやふやな手掛かりを残して帰る。
草が倉庫の片づけをしていて壊した、懐かしい食器をゴミに出していると自転車の男が割れた物を持って帰る。草は墓参りの後歩いて帰り、別荘ふうの家を見付けた。ウッドデッキから見ると部屋の中に、空き缶を利用したオブジェや、粘土に磁器やガラス器を切り研磨したものが幾重にも刺さっているもの、窓の雨だれを瞬間冷凍したかのような物が並んでいた。今は亡き両親や兄、妹の一部が創作の世界に活かされるかもしれないと思うと愉快だった。
彼は、高橋朔太郎、二十二才。草と久実が手を焼いた倉庫の片づけをしてくれることになった。
店に朔太郎の母親と姉が来た。朔太郎と揉めて朔太郎は二人を追い出し、朔太郎も出ていった。一ノ瀬と久実と一緒に草は朔太郎の山の家に行く。朔太郎は、早稲田の政経を出ていた。十一才の時、父は家を出た。母は単身赴任と言い、父が、ここで別居していた時は、出張だった。草は、タカハシマートの高橋辰太郎の功績を讃える表彰状を見た。映画好きの部屋だった。朔太郎は祖父の趣味だという。
映像の商店街は銀座通り、リビングには三山カルタがあり、神戸は、この辺りの昔の町名だった。映画好きから調べ、タカハシマートの現社長、高橋辰太郎の甥・敬太郎に会い、沢口に預かった映像を見せる。敬太郎は自分が撮った。が、沢口監督には会わないと言う。草の中では、敬太郎と映像が合わなかった。
草の友人・由紀乃は、タカハシマートのことは詳しいが、脳梗塞の後遺症で、記憶が定かでない。昔に行ったり現在に戻ったり、そんな由紀乃の話から、敬太郎の従姉妹は朔太郎の母だと分った。辰太郎の死によって敬太郎は、辰太郎の娘と結婚しなくてもタカハシマートの社長になれた。娘は、敬太郎の友人と結婚した。
草は、山の朔太郎の家で、朔太郎の家の草刈りの世話をしている田丸と会う。高橋さん、朔太郎のお父さんですよね、と。あの映像は定次が撮ったものだった。昔のこと現在のこと話しているところに朔太郎が現れる。朔太郎は、彼が父だと気がついていたと言う。また逃げられるかも知れないからと言う。二人で話したようだ。
沢口には合わないと言われた。あなたを変えたのはあなた自身だ。
沢口の映画は、別の場所になった。草は安堵する。
沢口に会わないと言っていることを伝える。草はにっこり笑い、京都の広告デザイン会社・エルプラスの映像部に、面白い仕事をする、高橋定次という人がいると伝える。
久実は、一ノ瀬と同棲している。あと三か月で住んでいるところを出ないといけないので将来を考える時期にきていた。
一ノ瀬は山男だった。登山ノートがあった。谷川岳15才、谷川岳平標山縦走16才、一ノ倉沢烏帽子沢南鐐18才・・・メラピーク24才、マッキンリー25才。国内、海外でもほぼ単独。ネパールに登るパーティーから誘われ登山計画あり。
一ノ瀬は、谷川岳の救助隊に参加し、無線が途絶えまだ帰って来ない。一ノ瀬が車を止めている駅に行く。途中、連絡が入り病院へ搬送されることが分った。一ノ瀬から電話が入り、駅前の車に彼が見えた。久実は携帯を置いたまま車に走る。携帯から結婚しないかの声が聞こえた。おれはおまえのところへ帰るんだ。人のプロポーズって恥ずかしいなと朔太郎は呟いた。
朔太郎は八月から、野党第一党の職員になる。
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