2024年11月12日火曜日

喫茶おじさん 

 喫茶おじさん 原田ひ香

 松尾純一郎、大好きな喫茶店めぐりをする。
 一月 妻・亜希子は、一人暮らしする大学生の娘の所に行き、ただいま別居生活中。半年になる。
 娘と喫茶店で会い話しの途中で、お父さんて何もわかっていない、と言われて去られてしまう。
 
二月 学生時代の友人・宮沢に再就職の口を頼んでいる。
亜希子とは社内不倫で、妻・登美子に離婚を切出すとわかったと、しょうがないじゃないと離婚した。彼女は今、カジュアルな和食屋をやっていて流行っているらしい。十年以上になる。もともと、彼女の料理の腕はとびきりだった。宮沢の誘われ店に行く。最後に食べたナポリタンがおいしく、この作り方教えてくれない、と言った純一郎に、登美子は、相変わらず何もわかっていない人なんですね。と言われた。喫茶店めぐりをして帰る。
 
三月 純一郎を店長と呼ぶ、池知斗真と会う。五十五才で早期退職し、娘の学費と二千万を残し、喫茶店を始めた。斗真はその時のアルバイト学生だった。喫茶店は半年で撤退した。斗真喫茶店めぐりの楽しさを話すと、店長て何もわかってなかったんですねと言われた。喫茶店めぐりをして帰る。

 四月 会社の同期の友人・松井敏夫の家に行く。千葉県富浦駅。風光明媚な場所だった。早期退職は同じだが、松井は、出世が約束されているようなエリート社員だった。家を買い、千葉市内にアパートも買いそれだけで生活出来るほど家賃が入ってくるという。
うらやましいな。松井は、僕はお前がうらやましいよ。お前は本当に何もわかってないんだなあと言った。東京駅で、喫茶店めぐり。

五月 森田さくらからの呼び出し。喫茶店開業教室で一緒だった彼女がオープンした喫茶店へ行く。他にお客さんがいない時にずーと話しかけてくる人が数人いる。男性と二人きりでその人たちが来ると胃がいたくなる。少しの間でも助けてもらえないかというこだった。就職が決まりそうなんだ、と言うと、松尾さんに仕事を頼む人なんていないと思っていたと言う。松尾さん自分のことわかってないのねと言われた。喫茶店めぐりをする。一週間ほどさくらの店を手伝おうと思った。

六月 喫茶店で亜希子に会う。離婚を切り出された。急に言われてもという純一郎に亜希子は、本当に何もわかってないのねと言った。

七月 さくらの店で数週間たった。ママのパトロンかと聞かれた。パトロンではありません。私は無職ですから。アルバイトをどういう人にするか決めかねているさくらに斗真を紹介した。さくらは、松尾は自分がどんなに恵まれているかわかってない、と言った。
離婚というと、これからは奥さんの面倒見る必要がなく、気楽に生きられる。早期退職して再就職できて、松尾さんが喫茶店経営に失敗したのは失敗できる立場にいたからだよ。
 
八月 斗真と会う。IT企業に就職が決まった。副業も出来るのでアルバイト出来ると言う。
老後が不安と言いながら、本当のところいくら必要かわかってます?そして斗真は、娘の亜里砂と付き合っていると言った。再就職してから喫茶めぐりが出来なかったが、喫茶店めぐりをして帰った。

九月 登美子から連絡が来た。ナポリタンの作り方を教えてくれる。離婚を切出され渡りに船と思った。あなたのせいにしたままで二十年過ぎた。登美子と会うのはこれが最後かも。喫茶店めぐりをした。何か一つ、目当てに店に来てくれるようなメニューがあれば。

十月 以前勤めていた会社の同期会があった。松井も来た。亜希子からの離婚の申し出と亜里砂と斗真の付き合いのことを話す。子供は旅立つんだよ。妻は他人だよ。離婚したいと言われたら止めることは出来ない。松尾は、息子は小学生の頃から引きこもりだと言い出した。社長のお気に入りの女性と付き合い社長に知られ地方に転勤になった。息子は苛められ不登校になった。激務で家庭を疎かにした。気持ちが家庭に向いていないことは子供たちに伝わった。家族と一緒の時間を作ったが、息子の引きこもりは続いた。妻・孝子は表面上は許してくれているが、時々言葉の端々にあなたのせいだ、と出る。嫌われたかな。がっかりだろう。終わってから喫茶店めぐり。松井を誘えばよかった。
 本当は喫茶店をやりたいんだなあ。

十一月 斗真が京都へ旅行に行く。亜里砂と一緒かとヤキモキし連絡をするが、返事はない。京都まで行った。大学の友達と来ているという。信じていない人にこれ以上話しても無駄と言われた。気が付いた。大人の意思を持った一人の人間なんだ。「そうか・・・。気をつけて帰ってこいよ」席をたった純一郎に亜里砂は、「お父さんが心配するようなことはないから」と言った。次の日、喫茶店めぐりをして帰った。

十二月 久しぶりに入った喫茶店で、今年いっぱいで閉めると言われた。珈琲の入れ方を教えると言う。亜希子に離婚届を渡した。財産分与は家を売って半分にしようと言う。
好きなように生きよう。喫茶店めぐりをする。宮沢に紹介してもらった会社を辞めることを伝える。

エピローグ アパートの一階が店舗用になっている。キッチンとバス、トイレが付いているだけの部屋。部屋の中にテーブルと椅子だけ数個置いて開店した。壁に「濃いコーヒー」と張り紙した。今日はあんこを煮た。練り羊羮にするつもり。
家を売った代金と退職金と預金と学費を残して妻と分けた。
店を見た亜希子は本気なんだねと言った。松井は寝袋を担いで来た。息子がこんなふうに自立してくれたらうれしいと言った。
自分の食費位は賄えるようになった。今はこれでいい。

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