2022年1月31日月曜日

若鷹武芸帖⑨  五番勝負

若鷹武芸帖⑨  五番勝負 岡本さとる

 八月、「番方の武芸の腕を調べよ」このところ武芸場で剣術の稽古に汗を流していた公儀武芸帖編纂所頭取りの新宮鷹之介は、久しぶりに将軍・家斉から命を受ける。
 武芸優秀なる者を数名、日頃の稽古、いかに鍛えているかを確かめて武芸帖に記し家斉に上書するという趣旨だった。
  
 第一番 小姓組番衆・増子啓一郎 鷹之介より二才年上で、小姓組番衆であった五年の間、好敵手と言われた二人だった。
 増子の通う撃剣館に行く。館長は岡田十松吉利、師範代は斉藤弥九郎だった。 
 増子は以前と同様、立ち居振る舞いが大仰でどこか芝居かかっていた。慇懃無礼な様子も変わらなかった。師範代との型稽古のあと弟弟子との稽古をしたのを見た。増子の武芸への心得、こだわり、稽古内容を記した。若年寄・京極周防守に提出後すぐ登城命令がくる。将軍の前にて上申せよということだった。編纂方・水軒三右衛門、松岡大八、家士・高宮松之丞も庭先の隅に付き従うことが許された。
 家斉は増子との立ち会いを命じた。鷹之介は倒す剣ではなく相手の技を引き出す剣を使う。充分渡り合い鷹之介は右肩に袋竹刀を乗せた。家斉は両名とも天晴れであった。増子啓一郎への聞き取り確と受け取った。武芸編纂所を頼んだぞと声を掛けた。増子は二人の飾らぬやり取りに驚いた。
 増子は後日、編纂所を訪れた。家斉の鷹之介は啓一郎にどうしてやさしいのだろうという質問を持ってきた。道場に通い始めた頃啓一郎は頼りになる兄弟子だった。とこたえた鷹之介だった。

 第二番 書院番衆・子上礼藏 抜刀術、馬庭念流 変わり者といわれている。婿養子で義母が口うるさいにもかかわらず、屋敷内では家来を相手に古の武芸者のような稽古を積んでいるという。
 屋敷に行くと、隠れていた家来が子上に討ちかかる。子上は竹光で彼を押さえ込む。隙があればいつでもかかって参れという稽古。庭での抜刀の繰り返し。座して抜き、立ち上がって抜き、片膝立ちで抜き、尻餅をつきながら抜き刀を横に薙ぐ。身体を連動させながら抜刀した。庭に義母の目があった。
 馬庭念流の道場へ行く。馬庭念流は守りの剣、子上は敵を知ろうとする稽古をしていた。
巻き藁で据物斬りを見た。立ったまま、座して、片膝たちから起き上がる間に、片膝になる間に、尻餅をつきながら抜いた刀が、巻藁を真っ二つにしていた。見事だった。武芸帖にまとめ上申する。酒食の席で義母に子上が上様からお誉めに与ることになると伝えたが、義母は、武芸編纂所も大したところではないのでしょうというような気持ちで答えたようだ。
 この度も吹上の庭で仕合をすることになった。二人の前に藁人形が飛び出してくる。それを抜き技で斬る。何体目か、鷹之介は斬らなかった。赤い帯を巻いた女官に見せてあった。家斉は母から受けた慈しみが深かったからだろうと言った。
 子上をちょうきちに誘った席で、子上ははればれとしていた。上申した武芸帖に「姑殿の信をえられればさらに稽古が充実するだろう」と書いておいた。この度のことは縁者から義母の耳に入り、人が変わったように慈しんでくれております。子上の言葉になった。

 第三番 大番組頭・剣持重兵衛 35才 小野派一刀流 老中からの話し。28才の番士が、剣持の屋敷内道場で稽古中に亡くなった。他にも早く隠居する者も多数出て、武芸鍛練が度を越しているのではないかという声があるという。実態を明らかにしたい。
 屋敷道場に赴く。早い間合いの組太刀から始まる。この早さでは危険極まりない。怪我をする者が出てくるのではないかとの質問に、それを恐れる者は一人もいない。怪我人が出れば勤めに障りが出るのではないかとの質問に、いくらでも代わりがいる。と答える。覚悟を持って厳しい稽古に臨まれている。と書き留める。ここの稽古は強制となり少しでも違う考えを持ったり行動したりすると異端と捉え許さぬ方向へ進んでいくようになってしまっている。亡くなった番士は、剣持の気に入らぬ者えの制裁だった。と鈴木又右衛門は言った。
 次の稽古の時、重兵衛は又右衛門を弄ぶように、籠手と胴を打ち据え足払いをかけた。立ち上がれなくした。鷹之介は、武芸帖にはいざという時のため型、組太刀、立会いにいたるまで日々厳しい稽古を己に課し、命を賭する覚悟で励んでおられると記させていただきます。と帰った。
 家斉の御前に召された。二人は白鉢巻に白襷。袋竹刀で立ち合った。鷹之介は重兵衛の早間の組太刀よりももっと早い間で小手の三段打ちをする。重兵衛は不甲斐なく一刀も返せず袋竹刀を落とされ足払いに倒され、額すれすれに鷹之介の竹刀はぴたりと止まった。命を賭しての稽古に励むが、命を落としては勤めに障りましょう。代わりなどいくらでもいるとは思いたくないと鷹之介は言う。
 己が腕におごり将軍家の家来を徒に損うのは不届き。己を鍛え直せと家斉に言われる。組頭の代わりを見つけねばならぬ。

 第四番 新番衆・連城誠之助。25才 手槍。上様が鈴を嫁がせると聞く。
 鷹之介と誠之助は似ていた。剣は直心影流だが、父から鹿島神流の槍を学び、棒術を槍術に組み込み自分の手槍の術を編み出した。創意工夫の楽しさに目覚めた。連城流槍術。誠之助は仕合用の手槍を拵えていた。三人の剣士と誠之助の仕合を見る。鷹之介は手槍に勝方法を見いだせない。
 吹上のお庭に召された。今回は御簾が下ろされ家斉の妻妾がいた。そこに、男装姿の藤波鈴がいた。仕合はとたんぽ槍と袋竹刀の大小。ふたりはにこやかにうなずき合った。鷹之介は誠之助の技の素晴らしさをみせねばならぬと思っていた。両者の凄まじい動きと交錯による攻防は感嘆させた。二人は、おもしろい、楽しい。鷹之介は二刀流になった。小太刀を投げ、誠之助が払い落としている間に彼の懐に入りたんぽ槍ははねあげた。槍の柄を持って引き寄せ首筋に竹刀を押し当てた。
 誠之助に鈴のことを聞くが、何も知らなかった。
 父親の日記に柳生の水軒三右衛門らしい人物のことが書かれているのを見つけた。亡くなる前に書いていた。
 
 


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