新・剣客太平記(五) 不惑 岡本さとる
文化八年 1811年
峽竜蔵40才
祖父・中原大樹の衣鉢を継いだ左右田平三郎が竹中緑と祝言を挙げた。
竜蔵は若月家んい呼び出され、剣術指南役になって欲しいと言われる。二十九年前、若月家の悪家老が我が子を藩主にしたいがために、雪姫17才の殺害を企てられたため、我が長屋に匿い竜蔵も雪姫を守り、父・虎蔵が阻止していた。時々、ここへ来て語らって欲しいという願いも、剣術指南役として来て欲しいと言う願いも断り、息子・竜蔵が四十才になったころ声をかけてやって下さいと言い置き、以後いっさい関わりをもたなかった。竜蔵にも忘れよ。と言った。雪姫は四十になった竜蔵に声をかけた。
竜蔵は剣術指南役になった。恒例の組対抗の剣術大会がある。雪姫の婿養子・左衛門尉より、書庫奉行配下も仕合に出ることを望んでいると言われた。人を見て法を説くと言う竜蔵により、六人が練習し、仕合に出る。書庫方には喧嘩早い・室井兵太30才、身体の弱い・小林八弥26才、背の高い・高瀬松之丞30才、もうろく殿と言われる毛利禄左衛門60才、国表勘定奉行の嫡男・野村勉三郎20余才、国表剣術指南役の嫡男・本多源内28才の六人。源内は父親との仲が悪く、剣術を嫌い、人と接することを拒否している。
仕合いは、五人出場して三人が勝てば一勝になる。一日目、書庫組は小姓組に勝ち一勝した。二日めまでの間に仕事で町に出た兵太は喧嘩に巻き込まれ骨折して帰る。兵太の代わりに禄左衛門が出ることになった。禄左衛門は最後の納戸組の対戦に掛けていた。相手は兵太の喧嘩相手、嫌みな寺田仙太郎だ。竹中庄太夫直伝の″秘剣蚊蜻蛉″を使い、仙太郎に勝った。納戸組に四対一で勝った。書庫組は結局二勝で最下位だったが、吹き溜りでも捨て所でもない。彼らは眩しかった。
兵太の喧嘩を調べられ、仙太郎が破落戸にやらせたことだと分かり、蟄居を命じられた。
江戸にやってきた源内の父・本多鉄斎と竜蔵と源内とで、若月家の飛び地・野州沢柿村へ行き、剣術指南と学問視察に行くことになった。沢柿村は源内が父親から離れた決定的な出来事があったところだった。八年前、沢柿村に剣術修業に来ていた源内は、国許の母親の容体が悪くなっても帰られず、鉄斎は予定通り宇都宮に行き、帰った時には母親は亡くなっていたのだった。
左衛門尉は、源内に竹刀を握らすことが出来た竜蔵に、今度は親子の仲の修復を頼んだのだった。中に立った竜蔵の御陰で言葉のやり取りをするようにはなった二人だった。
鉄斎に強請たかりの浪人から果し状が来た。鉄斎は一人で行く。竜蔵と源内は後をつけて行く。浪人は母の兄・鉄斎の親友・浅川礼蔵をだまし討ちにした者・藤沢基次郎だった。
道場破りにきた藤沢をやり込め、果たし合いに出向いた浅川を数を恃んで騙し討ちにしていた。八年前、妻の具合が悪いと聞いた時、妻の兄の敵が宇都宮にいると分かり土産に仇を討ちたかったのだった。五対一の果たし合いに竜蔵と源内も参加し、藤沢を倒し、源内は訊ねたかったことを訊ねる。蟠りが消える。母の子守歌と思っていた物が父の子守歌だったことも分かる。竜蔵の役目は終わった。江戸へ帰る。親子は国許に帰っている左衛門尉に報告をするために旅立った。
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