2015年12月14日月曜日

ぜえろく武士道覚書

ぜえろく武士道覚書 打ちて候上・下 門田泰明
 松平政宗は江戸へ行き、早苗の遺骨を高柳家の墓に納めた。
 堀田備中守・徳川光圀・杉野河内守・家綱にも会う。柳生分家宗重にも会う。生きていたのだ。松平政宗は命を狙われ続ける。政宗が邪魔だという。
 襲い来るのが、大和打滝一族と分かり、奈良へ行く。松坂の地で打滝一族の頭、柳生分家宗重と対戦し、宗重は死に、打滝一族は大和に帰った。
 打滝一族とは本能寺の変の後、伊賀越えは伊賀の手を借りた事になっているが、本当は打滝一族が道案内に立った。松坂の地で家康の家来によって皆殺しになった。それを知った家康は松坂に寺を建てた。ということになっている。打滝一族の徳川への仕返しだった。その前に立ちはだかったのが政宗だった。

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