2017年10月24日火曜日

蘭方医・宇津木新吾⑥ 刀傷

蘭方医・宇津木新吾⑥ 刀傷 小杉健治
 文政十二年 1829年
 幻宗と新吾は武家屋敷で刀傷の患者の手術をした。後日術後が心配で見に行くとそんな者はいないと言われた。
 新吾に武家屋敷のことを尋ねた新吾の患者・徳造が殺された。養父・順庵の患者の栃木屋の内儀・せいと手代が外出したまま帰らない。心中したような話になっていた。新吾は徳造の殺された理由を探りながら栃木屋の内儀を探していると、患者を装って呼び出しを受け命を狙われた。七日経って手代の遺体が見付かった。斬られていた。内儀の遺体が見付かった。簪で喉を突いた自害だった。
 武家屋敷は丸山藩村沢家の下屋敷だった。村山肥後守の側室の兄が御徒頭・杉浦藤四郎だった。村山家を訪れた栃木屋のせいを杉浦が手込めにしようとした。せいは簪で喉を突き、それを知った手代は杉浦の脇差で杉浦を刺した。手代は殺され、長持ちで運び出される遺体を見た徳造は村山家の中間と話をして殺された。手術後、杉浦は自分の屋敷に運び込まれていた。証拠がなかった。幻宗と新吾は杉浦家の用人と名乗る者に呼び出され浪人に襲われる。
 幻宗と新吾は杉浦家に呼び出された。新吾は杉浦の治療をしたくない。幻宗が傷口を開き膿を取り出すのを見ていると手助けしてしまった。薬を入れ縫合する。念のため一晩泊まる。幻宗はそれでいい。それが医者だと新吾に言う。杉浦は順調に快復していた。杉浦は御徒頭を辞する。幻宗と新吾を襲ったのは杉浦の後釜を狙う、大岩主水だった。素行の悪さから後釜の目はないらしい。
 新吾は二人が住む離れが出来上がれば香保と祝言を挙げる。表御番医だった香保の父・上島漠泉は入谷の植木屋の離れで町医者をしていた。香保に思いをぶつけ、漠泉の許しも順庵の許しも得た。
 大名の藩医の話が持ち上がる。幻宗の元仕えた松江藩だった。幻宗は懸念を抱いていたが、新吾は困難が待ち受けていようとも新しい道を歩もうと思った。

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