2016年8月6日土曜日

霧こそ闇の

霧こそ闇の 仲町六絵
 典医の女房 天文二年 1533年 戦国時代の大和。筒井の里に住む狭霧には、病をもたらす物の怪を退治する不思議な力が備わっていた。大名に仕える典医である夫・義伯と支え合いながら病人を助けていた。
 主君・筒井順興の末子・力丸の死を境に二人の息子・鷲王は物の怪に取り憑かれる。行者により物の怪は取り払われ、鷲王は元気になる。狭霧は自分が春日大明神の使いの狐だということを知る。一緒に来いという行者を殺す。
 牢籠の蟲 義伯28才、鷲王2才 筒井家に酒損の患者が現れる。狭霧には蟲が見える。酒瓶を据え、時間稼ぎをし、筒井順興に会う。蟲は酒損で亡くなった順興のちち・順尊の顔をしていた。順興の祖父の代で大和を追われ、順尊は不遇のうちに亡くなった。その時代に筒井を裏切り大和復帰を妨害し、筒井の被官を暗殺した小島家の縁者への復讐だった。酒損になったのは小島家縁者だった。順興は小島家の者を処刑する。順興は義伯と狭霧に筒井には加持祈祷と呪詛の力がある事を話す。順興は狭霧にはもっと強い力があることを気付いていた。狭霧に力を貸すよう言う。
 雨悦の刺客 法隆寺で雨悦が行なわれる、順興は出席する。僧兵や別当が石を飲まされ傀儡のようになって襲ってくる。別当を殺す訳にもいかず、腹を叩き石を吐き出させる。石を飲ませたのは越智家の当主の伯父・高取城主越智弘光だった。外国の神の呪詛を使った。順興の正室は越智家の娘だった。病に悩まされていたが、狭霧が小鳥を殺し、呪符を見付けた。
 狭霧は殺した行者の亡魂のため義伯に狐の姿を見られてしまう。狭霧は義伯の下を去る。
 初瀬が原の決闘 筒井家と越智家が戦うことになる。狭霧は義伯と鷲王が幸せに暮らせるよう順興の下で戦いに参加する。筒井家が有利に戦っていたが、越智家の後ろから攻めるるための伏兵が石を飲まされ筒井側に襲ってきた。順興死す。狭霧は川の中を草に隠れながら弘光陣に近づき火を狙い、異国の神の絵姿を燃やす。狐姿の狭霧も燃えながら陣を焼き尽くす。順興の息子・藤松は11才、義伯は、順興の死を隠した。狭霧は春日山の御蓋山で穴を掘り焼けた毛皮をうずめた。深い眠に落ちた。
 道聞き 狭霧は未だ治りきっていない身体を起こした。人になっていた。現れたのは義伯に似た鷲王だった。病気の父の世話をお願いしたいという鷲王について行く。二十五年経っていた。順興の死を二年隠し、若様が継いでしばらくで典医をやめていた。
 義伯は狐でも人でもかまわなかったのに、と言う。命の螢がとんでいる義伯の体内の光を飲み込み、狭霧は春日山でやけどを治すために穴を掘って眠った。
 力丸を転生し生まれたのは織田信長だった。織田信長は興福寺と春日大社のある南都を焼きはしなかった。

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