2016年7月11日月曜日

麹町常楽庵月並の記

麹町常楽庵月並の記 老いの入舞い 松井今朝子
舞手が退場する寸前にもう一度舞台の真ん中で華やかに舞って見せるのが入舞い。それゆえ年寄りが最後に花を咲かせる姿は、老いの入舞いと呼ばれたりする
 見習いから本勤並定町廻り同心に昇格した間宮仁八郎24才は、北町奉行・小田切土佐守直年じきじきの仰せだと、麹町の常楽庵に月に一、二度立ち寄るように内与力・近藤に言われた。常楽庵には白河候松平越中守定信に楯突いて大奥勤めを引いた庵主・滝山・志乃が、女中・梅の井(梅饅頭)とゆい(熊女)と三人で暮らしていた。町娘が行儀作法を習いに訪れる。仁八郎はお気に入りになった。隣の山田淺右衛門も出入りしている。
 巳待ちの春 若い娘・平野屋の祝言を控えた娘・ちせが居なくなり三百両を要求された。弁天さまに三百両を供えると庵主が八卦で但馬屋の寮を訪ねてみやれ、と言う。ちせは但馬屋の娘・きしと一緒にいた。ちせは幼い頃、男に襲われそうになったことがあった。何とか逃げ出していた。縁談の相手がその男だった。ちせときしは三百両を親から取り上げて先方に戻し、破談にしようとしていた。庵主は平野屋を呼び、三百両で娘の命を救おうと思うのなら、祝言を取りやめ三百両を先方に返せば良い。と言う。全てを聞いた仁八郎は憤然と退室した。小田切に質問攻めにされ全て報告することなった。
 妖火の始末 袋物問屋嘉村屋の離れを焼き、主人・惣兵衛が亡くなった。仁八郎は押し入れの床下で鮑の貝殻を見付けるが付け火の証拠とはならなかった。娘・りつは付け火だという。継母・さいと番頭の仕業だという。庵主は大奥で消し炭を鮑の貝殻に入れ布団の入った押し入れに入れおき起こった火事騒ぎの話をする。さいの養母は大奥勤めをしていた。庵主は麹町の町名主・矢部与兵衛を呼び、さいと番頭を不義密通で処罰され、矢部を後見にりつを手代幸助と店を継がすということにした。仁八郎は納得して退室した。
 母親気質 水茶屋の看板娘・いねが、常楽庵の近くで死んでいるのが見付かった。妊娠していた。文六は遊んで暮らす伊八を疑い、仁八郎は船越屋の徳三郎を怪しいと思っていた。徳三郎は両替屋の娘との縁談が整い、妹・たえは母親が大急ぎで縁談を整えようとするのに腹を立てていた。いねは徳三郎を手紙で呼び出していた。いねのお腹に徳三郎の子ができたという手紙を見、母親が会いに行った。突き飛ばした拍子に石で頭を打って亡くなったのだった。母親が娘の縁談を急いだのは事が露顕する前に嫁がせたかったからだろう。それが判った庵主はたえの母親を呼び、殺そうとしたのでは無いことは分かってもらえるからと自主するように進めた。母親は一死を以てお詫びの言葉を残し川に飛び込んでなくなった。委細は庵主さまに・・・。仁八郎は庵主に話を聞く。母親がなくなったから、これ以上は問い質さずこの話も伏せたままが良かろう、という。表沙汰にしたところで死んだ者は生き返らない、得をする者は誰もいない。お身の胸一つに納めておけという。損得の話では無い。死んだ娘にも親はいる。怒って帰る。仁八郎は腹立たしい。初手の検使で調べを怠っていたせいだ。
 老いの入舞い 名主・岡村伝兵衛の篠井備前守のお屋敷から宿下がりの予定の娘が家に帰るまでに殺されて見付かった。仁八郎は大名家のことなので調べにくい。篠井家は奥が奥方派と御袋様派に別れていること、今殿様は国許にいることが分かった。きしは山田淺右衛門の妹と偽り篠井家に女中として入り込んだ。後半年で年季があける女郎と侍が相対死しているのが見付かった。侍は篠井家の留守居役・加納と言う事が分かった。相対死に装わされた。岡っ引きの源蔵が篠井家の中間になって入り込んだが、見張りがきつくなり入り込みを辞めた。危険を察知し山田はきしを連れ帰った。きしは三通の手紙を出したはずが、二通は届いたが三通目は届いていなかった。庵主は仁八郎を呼んだ。きしを家に帰さず常楽庵に泊めた。夜、侍に襲われた。三人で血まみれになりきしを護る。仁八郎は訳がわからない。お互い何も話していなかった。今回も常楽庵が関わり、きしが騒動の火付け役だった。奉行が手を打って下さるでしょうというと、庵主はあのお人は愚図なゆえ埒が明くまいという。篠井家の江戸家老・匂坂主水が奥御殿の男子禁制の酒宴に顔を出し女中に手を出し逃げられて刀を抜いた。諌めた留守居役を殺した。志乃は大奥で仕えた願誠院を訪ね耳に入れた。
 常楽庵の畳や襖が新しくなった。仁八郎は篠井の江戸家老が国許へ召喚されたことを聞いた。切腹になるだろう。始めうれしそうで、だんだん面白くなさそうで最後は腹を立てて帰った。自分が何も出来なくて悔しかったのだろう。志乃は亡き夫とよく似ていると思う。

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